ええかげんにしてくれお笑いタレント

おとといからのテレビニュースを席捲しているあのデジャヴ感あふれるいかがわしげな劇場型茶番政治。
その国民にふさわしい政治家が選ばれるとはよく言ったものだ。もう本当にバカバカしい!
The journalに載った田中義紹氏の文がこの件のウンザリする核心をズバリ言い当てている、と思った。

思い返せば四年前の夏の夜、だれにも理解できないこだわりに執着し「殺されてもいい」と叫ぶ狂気じみた(とワタシには思えた)コイズミの記者会見パフォ~マンスがあり、これに追随して面白おかしい一連のテレビショウの洪水が始まったのだった。かくして成ったコイズミ圧勝、以後その数を恃んで連綿とこんにちまで続く磐石のおバカ政治。経済どん底、社会保障は自己責任で、変わらぬ土木立国と軍事優先、アメリカ追随、そのわりにいつまでもアジアにはエラそうな。(そうそう「再生」したはずの教育の惨澹たること目を覆うばかり。というか学力下支えに必要な予算を削って精神力とか道徳とか経営感覚でカバーできるというのがそもそもバカげているのだ。)

あのときと同じいろいろなイミでくだらない政治ショウ再び・・・このたびは地元で何か成果を挙げたとも聞かない某知事、およびその盟友とかいうこれまたとんでもない・・・人件費と福祉だけを削りまくり、百ます反復計算を俺サマの言うとおりやれ、やらなかったら痛い目あってもしらんで~などと何かとコマカイことにばかりこだわるウツワの小さなお子様知事・・・こんな人たちが権力の頂点に立ってしまえるほど愚劣な国に住んでいるとは思いたくないのだが・・・(アベだのアソウだのが頂点に立った時点ですでにどうしようもない国だけど)。あ~ハラ立つ!

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黒猫ハツジョウ

縁あって去年9月うちにやってきた真っ黒な子猫、人なつこくて甘え上手の反面、あまりの狼藉ぶりに一時はもとのお宅に返そうかとすら思ったのだったが。気が荒いのはそのままではあるものの、以後なんとか落ち着き、「成長したねー」などとほっとした・・・のもつかの間、このところ夜明けとともに変な声で執拗に鳴き、とうとうおととい、勝手口の網戸越しに見知らぬ巨大ホワホワサバトラ猫と互いに見交わすカオと顔~状態を目撃。慌ててガラス戸をおろしたがその後も巨大猫はいつまでも家の周囲を鳴きながらウロウロしていた・・・。ううむ、まずい。このあいだ予防接種のためようやく行った動物病院では「この子はもう思春期過ぎていて、ニオイの嗅ぎ分けを知ってしまった、つまり幼い状態でヒニン手術すべきところをタイミングを逸してしまっており、今から手術しても何かと不都合がある・・・などというようなことを言い渡されガックリしたのだった。まだ幼猫なのにかわいそう、といつまでも手術をためらっていたのが仇となり、いまや日夜あの変な声に脅かされて睡眠もままならない。

Bonco3

Bonco4


一時は日本では希少な品種という「ボンベイ」かと疑うもその特徴とはことなるおだやかならざる性格から、所詮ただの雑種猫と結論。特技は洗濯物の小物干しの上でのイカダ乗り(子どもはこれを「ユラユラ帝国」と呼ぶ)、網戸登り、カマキリをつかまえてシシャモみたいにムシャムシャ食べていたのも目撃。障子とサッシの間に挟まってもがくこと獰猛な野獣のごとし。

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フォーレの「子守歌」

">フォーレ 子守歌
ピアノ組曲「ドリー」より コンタルスキー兄弟によるピアノ連弾とラボー編曲による小澤征爾指揮ボストン交響楽団の演奏

十数年前、夕方教育テレビでやっていた幼児向け番組で、この曲に日本語の歌詞がつき、「ゆめ天使ドリー」というタイトルで歌われていた。そのときは美しいソプラノで歌われる「子守歌」というより壮大なオペラアリアのような印象だったが、いまこうして改めて聴いてみると繰り返される旋律の波がたしかに子守歌らしくおだやかに眠りを誘うのだった。
短調に転ずる中間部分(というのか?)がトレネさんの曲風の物悲しさを感じる。(かれの声で歌われても違和感ないかも)・・・。

">フォーレ 子守歌

もうひとつのフォーレによるヴァイオリンとピアノのための「子守歌」 byドンスク・カンのヴァイオリン、パスカル・ドヴァイヨンのピアノ。
こちらもさらにトレネ的?な、そこはかとない悲哀に満ちた複雑な味の曲。

ああさんのエントリーで紹介されているトレネさん自身による、兄との別離の悲しみを歌う(ああさんの訳がすばらしい!)「子守歌」と続けて聴くと、ミディ地方の出身というだけではない、両者に共通の音楽的土壌まで勝手に感じてしまうのだった・・・(またドシロウトがええ加減言ってスミマセン)。

「子守歌」を聴いて心地よく眠れますように・・・。

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ハトヤマで政権交代できるのだろうか?

民主党・・・オザワが辞めてハトヤマ兄とは。ううむ。せっかく変わるなら岡田さんに・・・と願ったのだったが。アソウとハトヤマで対決とは、結局戦後政治の劣化版を繰り返しているだけということかも。世襲国家日本バンザイ。

昨日の日曜、子どもがダラダラ見ているTBSのウルサイ番組で某知事が偉そうにオザワ批判・・・いやだなと思い横からチャンネル回した先が自滅党の手先、田原総一郎の番組だった。今回、いつもの不快な展開とはちょっとだけ変わっていて、ハトヤマさんが辻元清美さんと亀井静香さんに大声で激励されていたところだったが・・・そこから切り替わってCMとなったら・・・ええ~ッ!なんとあの耐震偽装でドロドロの謝罪会見をしていたアパの社長が、まるで何事も無かったように「ワタシが社長です」と言っているのだった。
アパ・グループ。姉歯とか小嶋とは違い結局なんのおとがめもなく?上手に批判をかわし、未だこうして営業しているとは・・・。あの耐震偽装騒ぎは一体なんだったのだろう?安晋会とか。そういえばタモガミの件もこのアパがらみの事件だったが、あれも当初取りざたされた癒着も何も「問題ない」とスルーされ、いまやタモガミはその荒唐無稽史観を引っさげあちこち講演する人気者だそうだ。

そして・・・実はかつてハトヤマ兄さんもそのアパの「ワインの会」とやらにタモガミやアベと一緒に出席していたらしい・・・。なんだか昔見た映画、コスタ・ガブラスの「Z」の幕切れの逆を見せられたような気がしてきた。

のちのちアメリカ軍への巨額の負担を課されるというグアム協定もすんなりコッソリ国会通過したそうだし・・・。
まあ本当に政権交代できた暁にはあの外務省が否定し続ける佐藤・ニクソンの対米密約もすっかりあばいてほしい。そのためにも密約文書暴露を確約していた岡田さんのほうが民主党代表となれば・・・と思ったのだったが。

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テポドン「迎撃」大演習を嗤う

このところ明けても暮れてもテレビ・新聞は北のお国から今日発射されるとかいう「飛翔体」の脅威をがなり続けじゃかあしいことこの上ない。わがふるさとの頭上を通過する予定らしいがここぞとばかりガラガラと引き出されたPAC3ミサイルだかが防衛できる範囲は半径10キロとかいう話(ほとんど撃墜はムリと関係者も公言)でもう「笑っちゃうしかない」。すわ国家存亡の危機、千載一遇のパフォ~マンスのチャンス、とばかり臨戦態勢の勢いで繰り出す軍隊に地元も迷惑この上なかろう。

あの時代もこうやって報道とは裏腹の不合理な実態を隠蔽しては危機感やら薄っぺらい愛国心やらを煽っていたのだろう、まさに歴史は繰り返す。アホウ首相と不愉快な仲間たちのおバカミサイル迎撃ごっこにどれだけの税金が投入されるのか眩暈がしてくる今日この頃。なんかムダに腹が立つ。

桐生悠々 関東防空大演習を嗤う

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勝った勝ったとじゃかあしいわ!!!

なんだ、優勝したのか。はぁ。今回はなんだか素直に喜べない。もうこの国営放送の浮かれっぷり・・・いい加減にしてほしい。ここ数週間の洪水のような愛国野球盛り上げ報道には全くうんざりしたのだった。
とくに(某ジャイアンツの専横ぶりは置くとして)あのシンボルマーク(というのか?)まるで稀代の珍作、日仏合作映画「ビッグ・サン」こと「ソレイユ・ル~ジュ」の卑怯未練なミフネのごときサムライが血刀引っさげた?シルエット。および「サムライジャパン」なるネーミング。そもそも日本人の御先祖の95パーセント以上は侍にあらず農民だったはずだ。江戸時代、天領の村人に至っては生涯武士を見かけることもなかったという(山川菊枝談)。それが日本代表=「侍」。いまさら60年前散々使い古された「ますらお」だの「つわもの」だのとは名乗れないからなのだろうけれど、それにしても。「一揆ジャパン」とか「下克上ジャパン」と言ったほうがまだ正直だ。(ついでに女子サッカー日本代表を「なでしこ」とか呼ぶのも変だ!)そもそも野球にナショナリズムはミスマッチとしか思えない。過去数十年、国代表なんぞ存在しないスポーツだったはずではないか・・・。

などと怒っていたらオザワが泣きそうな記者会見。「豪腕」とかいうのはたぶん虚像だ。
(確か去年の大連立の会見も泣きそうだった・・・むしろ泣き虫なまいきオザワ一郎とでも名乗るべきだ)危うし政権交代。

閑話休題。昨日もニュースのくだらなさに辟易してチャンネルまわしたBSで、ちょうど開戦から六年経ったイラク戦争総括のドキュメンタリー(イギリス制作)を見、改めてその現状の悲惨さに慄然としたのだった。(とても正視に堪えない恐ろしい映像と信じられないような状況説明・・・)。
アメリカ軍がすべて承知の上で警察としてごろつき同然のシーア派民兵を任用、政府の責任者も私利私欲にもとづき平然と権力行使、その結果スンニー派の住民は現在日夜暴力の恐怖に晒され続けているという。全くあの自衛隊派遣はなんだったのだろう。こうした報道を今はほとんど扱わない日本のメディア。イラク情勢などWBCほどの報道価値もないということだろうか。

(あの愚劣な強制歌唱儀式の凍りつくようなひとときにトウキョウの場合オリンピックのCMまでちゃっかり無理やり割り込ませ、止めの一撃に某国会議員様の祝電のみ披露という散々な哀しいセレモニーについても一言いいたいけれど・・・やめておきます)。

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ビッグショー小畑実(1977)ついに再々放映、あ~それなのに・・・

ななななんと・・・立川談志の本を読んで以来観たいと思っていた小畑実さんの出演した1977年11月放映のNHKビッグショー、昨日たまたま見た夕刊のテレビ欄で突然の?再々放映を知ったのだったが・・・夕方7時45分の家事修羅場時間帯ではないか。しかも急ぎ録画しようにもわが家のテレビ・ビデオ関係というか録画機器全部故障中。(どうせ地デジとやらになるし・・・と)放置のツケがいきなり来てしまった。後悔先に立たず。
結局夕食と同時にテレビを観(聴か)ざるを得ず。(美しいニホンの食育のため食事中はテレビを消しませうなどとは言わせまい・・・)
なるべく家族の不審がる視線(なんでいきなりこんな番組を見る?)を画面から逸らさせつつ、罵声(盆踊りみたいな歌だね~(勘太郎月夜)、板東エイジに似た人だね~云々)聞こえないふりしつつ、テレビに張り付くこと数十分。観終わったらもうヘトヘトだった・・・ワタエ、ほんまにアホかいな。

苦心惨憺鑑賞の結果判ったこと。いつぞやupしたyoutubeのメドレー画像はこの番組の一部だった。
あのメドレー部分以外も、トークはゲストの月丘夢路(なぜこの方??)におまかせします、といってとにかくヒットを歌いまくっている。個人的にはやはり「青い流れに」がいいなと思った。「星影の小径」以上にシャンソン的な名曲と思う・・・ただしこのとき(1977年)小畑さんの声は正直かなりキビシイ状態だ。

全盛期の終戦後のSP盤時代はもちろん、65年?のLP録音、70年ごろの映像で聴く声でもまだまだすばらしかったのに、やはり前年の義父の事業失敗と急逝、その後はじめたという夫人とただ二人全国を回る「歌の行商」の無理がたたったのだろうか?残念なことだ。「行商」については月丘夢路にあれこれ問われて語っている。当時のNHKにあるまじき?小畑さんのセールス(みなさん(新曲EPを)買ってください!)にちょっと驚いた。交友があったという元NHK会長川口氏の計らいかも・・・。

(夫とともに一枚六百円のシングルを全国売り歩いたという小畑夫人を月丘サンがしきりにほめていた。一代で財を成した関西財閥の令嬢だった方が・・という痛ましさを感じたに違いない。)

歌以外のトークがともかく不得手な方だったのも良くわかった。(植民地時代に渡航した)在日コリアンであるという、この国においては偏狭で執拗な有形無形の差別にさらされる不利に加え、一世ゆえの言葉のハンディキャップも抱えた小畑さんがどれほど苦労されたことか、想像もつかない。ただ歌にかんしては「歌詞が正確に発音できない」などといういわれのない偏見をどこかで読んだことがあるが、それは全くのデマであり、聴けばお分かりかと思うが、つねに藤山一郎的な正確無比な日本語で歌っている。とくに鼻濁音がきちんと発音されている。この点特にワタシ、強調したい!!

ともかく言葉の壁、国籍の差別が歌手としてのキャリアに常にマイナスに働き続け、それゆえ一度引退、事業失敗、復帰、行商行脚、という変転を余儀なくされた原因だったのだと思う。

そして最後に談志おすすめの「誰か夢なき」。唯一の長い印象的なトーク(歌は心です・・・)ののち歌われ、声の衰えなど気にならないほどの非常に感動的な歌だった。「夢」というのは小畑さんご本人の再デビュー、行商シングル盤ヒットの夢ということだったのかも知れない。それが二年後ああいう形で中断されてしまうとは・・・。

まことに諸行無常である。それからこの番組のビデオもし売り出したらワタシ絶対買いたい!!

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大成駒・・・

気がつけば2009年、松の内も過ぎていた今日この頃。
今春歌舞伎座が建て替えとかで、新年早々大げさな祝祭的出し物が目白押しらしいが・・・。
正直木戸銭払ってあの狭い遠い三階(少しはマシになったのか??)で観ようという熱意が沸かない・・・(観るべきは珍しい吉右衛門さんの曽我五郎だけ鴨)。

さっき教育テレビに一瞬、今は亡き大成駒・六代目歌右衛門が映っていたが。
はぁぁぁ~凄い。「隅田川」、狂い行く母の舞踊の部分・・・一瞬一瞬、これすべて完璧な彫刻。しかも狂乱のすさまじさと深い悲しみをたたえたままに・・・。やはりず~~っと前に杉本苑子さんの解説でやっていた教育テレビの番組で先代松緑の「矢の根」、別のときの先々々代三津五郎の「まかしょ」を観たときもショックだったが。

大昔の三津五郎さんはともかく歌右衛門さんも松緑さんも生前何度も舞台で観ているのに・・・当時その芸のすごさがわからなかった・・・今もあんまりわかっていないが、しかしとりあえずこれらの名人が亡くなって、ビデオ上で初めてその至芸のぞっとするような完璧さに気づく・・・逆に言えば現在の舞台がどれだけ空疎かということで・・・あ~また余計なことを・・・でもこの先どうなるのだろう、歌舞伎といい、文楽といい・・・とりあえず芝翫は観ておかなくては・・・。

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トレネ 「日曜日の子どもは退屈」

調子に乗ってさらにyoutubeで見つけた「Trenet dans son siecre」より、トレネさん初期の曲「日曜日の子どもは退屈」を怪体(失礼)な四人組、Chanson plus Bifluoree(アクサン・グラーヴ略)が歌う動画を貼り付け。うまい!この曲はいつか書いた「トリュフォーの思春期」に出てくるのみで、なぜかCDにほとんど収録されていないため、なかなかに貴重。出だしのニュース映像はレオン・ブルムの人民内閣、スペインのフランコ台頭と内戦、ドイツによるスペイン空襲(ゲルニカか?)が流れ・・その一方でわれらがトレネさんは兵役のため軍隊暮らし、こっそりのちのヒット曲の構想を練ったのだった・・といっているのか??聞き取れないけれど(恥)。

この歌っている人たち(現在は3名、ギターの人は亡くなったらしい・・)はコミックバンドのようで実はシリアスというか・・・別の動画であのイヴ・モンタンの「Quand un soldat (兵士が戦争に行くとき・・)」を歌ってこれもうまい、が、しかし動画がスプラッターだったので貼り付けません。ブッシュ批判の歌もあるようだ。こんなグループがいるとは・・おフランスはまことにあなどりがたい。

">「日曜日の子どもは退屈」 Chanson plus Bifluoree

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トレネ「フィデル」その2 歌詞の誤訳

動画を貼ったら何がなにやらまたもココログの様子がおかしくなり慌てて記事を二分割した。
以下「フィデル(忠実な)」の誤訳。
・・・カストロさんの名前とは無関係でしょうが、「fidele」には信者とか固定ファンの意味もあるらしい。この場合はたぶん情景をリアルに思い出せたという記憶魔人トレネ自身のことかと。

文中のベジエはトレネさんが母と別れたのち入った学校のある街。「カスティエ」は父の住むペルピニャンの町にあるという中世の要塞(旧制度中バスティーユ同様に牢獄として使用されたらしい、現在はカタラン文化の博物館だそう)。カニグーはあの「わが若かりしころ」の歌の舞台でもあるピレネー山中の聖なる山。
エミリーおばさんは幼いころのトレネさんを(母去りしのちも)可愛がってくれたというアルザスから来た親類。
それから実際にはトレネのママンは映画「モロッコ」の脚本家ベノ・ヴィニとともにブダペストではなくウィーンに駆け落ちしたのであった・・。

以下歌詞の極私的誤訳

詞・曲 シャルル・トレネ

1.忠実な、忠実な、私は忠実なまま(覚えて)いる
あなたがたにはちっとも重要じゃない事どもを
夏の夕暮れ、一羽のツバメの飛翔
約束して待ち合わせた子どものほほえみを

忠実な、忠実な、私は忠実なままに(覚えて)いる
私にとっても全くささいな事どもを
年老いたワンコ、水彩画の道具箱
八月のラ・ヌーヴェルの港を

2.忠実な、忠実な、私は忠実なままに(覚えて)いる
さまざまな場所を、さまざまな親しい友だちを
ユカイなアルベールとレース(飾りの服)を着たかれの姉さん
全く目新しいカスティエ城砦、カニグー山

ベジエの町の通り、エミリーおばさん
ブダペストに出発するママン
憲兵隊兵舎の近くのあずまや樽製造所付きの私の古い家 
急行列車を

3.忠実な、忠実な、私は忠実なままに(覚えて)いる
モントーバンでの夜の思い出
純真無垢な情熱、私たちの愛情を私は思い出す
古いベンチの上であまりに若くして与えられた愛情を

私は夜のバカンスに旅立った
幼い日々の妖精よりも軽がると
けれども今、未だにこのことを思うとき
私はいつも初恋に涙する

4.忠実な、忠実な、なぜ(人は)忠実なままとどまるのだろう
すべての変化がなんの悔いもなく行われるとき
人が孤独に橋の上に立つとき
消え行くあれこれの世界を前にして
人が望むあれこれを運び去ろうとして沈んでいる
すべての小舟を見出したときに

(何かが)もはやただその影しか存在しないのだ、と人が思い知るときに、
(人は)その他のもろもろの影に忠実な(ままとどまる)、永遠に

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